山崎拓巳とは? Profile


山崎拓巳(やまざき・たくみ)のプロフィール

1965年三重県生まれ。広島大学教育学部中退。
22歳で「有限会社たく」を設立し、現在は3社を運営。

現在までに30冊、累計220万部のベスセラー作家。
主な著書に『ひとり会議の教科書』『やる気のスイッチ!』
『人生のプロジェクト』『気くばりのツボ』(サンクチュアリ出版)。



代表著書『やる気のスイッチ!』(20万部突破/サンクチュアリ出版)は、
2009年末の『オリコンビジネス書ランキング』では自己啓発部門にて3位にランクイン、ビジネス書としては7位。2010年夏には中国語に翻訳され、2011年には英語版『SHIFT』となり全米で発売。日本のみならずアメリカ、香港、台湾、韓国、中国ほか、海外でも広く翻訳出版されている。
著者初のセミナーDVD『気くばりのツボ実践セミナー』は、TSUTAYA・DVDレンタル(教養ビジネス部門)にて5ヵ月連 続・回転率1位を記録。
講演活動は、「凄いことはアッサリ起きる」-夢-実現プロデューサーとして、メンタルマネジメント、コミュニケーション術、リーダーシップ論など多ジャンルにわたり行なっている。


並外れた話術とカリスマ性、斬新なビジネス論ほか、今までにない視点で語る強力なメッセージは、男女問わず多くのひとびとを魅了し続け、「月曜日が楽しくなる山崎拓巳通信」や「拓中毒」などのメルマガ発行、携帯サイト「SUGOKOTO.com」、「タクラジPodcast」や「ケロタク」など、生声による経験やノウハウの配信も、随時行なっている。

また、活躍はビジネスだけにとどまらず、「人生は、ひとり一回限りのプロジェクトである」をキーワードに、「夢を実現し、人生を楽しむ」人生観を自らも実践。
エッセイスト、画家、イラストレーター、アーティストとしても活躍中のほか、映画監督や、デザインを手掛けたコンテンツ商品の販売、音楽プロデューサーなど、更に幅を広げている。
人の生きる営み自体をストレートにとらえる作風は、 NYや都内、地方や大学などでの絵画個展の開催、『Cancam』や『Oggi』などの女性誌ほか、多くのメディアでも採用され、国内外を問わず高い評価を得ている。





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アーティスト 山崎拓巳 実績(一部)のご紹介

1999年 6月 N.Y.SOHOにて、初の個展『parallel world』
1999年10月 神戸・北野にて、個展『moderngirls』
2000年 6月 東京・代官山にて、個展『happy』
2000年 8月 東京・渋谷にて、個展『flash back』
2001年 冬 1月は岡山、2月は東京にて、個展『瞑想』
2001年 4月 東京・神宮前にて、『5秒後の未来・原画展』
2001年 5月 群馬県・前橋にて、個展『bleu』
2002年 6月 早稲田大学にて、個展『bleu』
2002年 春秋 全国六ヵ所(大阪、沖縄、高松、札幌、名古屋、東京)巡回展『Synchronicity』
2002年 三重・志摩にて、個展『Dictionary』
2003年 東京国際フォーラムにて『Rock You』
2006年 atelier&gallery memeにて個展開催
2007年 2月 岡山:公文庫カフェ『JUNK』(岡山ルネスホール内)
イラストにおいても「Cancam」「Oggi」「テレビ愛知」「人材派遣のオリファ」などで採用され、高い評価を得ており、その他、BLUE NOTE DJ MIX BY KEI KOBAYASHI 「Routine Jazz!!」シリーズ(小林径など)、USAギターリスト「ED GERHARD」等のCDジャケットを手がける。

ヒストリー

1965年4月9日、この星にやって来ました。
父と母はこんな僕に「拓巳」という名前を与えてくれました。
開拓の「拓」に、巳年の「巳」。

この写真はかなり親しい人と、このHOME PAGEを見て頂いた人しか知らない特別なものです。
左に写っているもんぺ姿は母のものです。
家業は真珠養殖。活発なガキンチョだったそうです。
海と山と森と風と月と太陽と......自然の中で育ちました。
(もののけ姫の世界)

僕の生まれた村では今でも神と村をつなぐ行事を毎年行っています。
神秘的なことが日常です。村の神社は僕のお気に入りの場所です。

人は自分の生きるストーリーを自分であらかじめ決め、親も環境も起きる出来事も、ある程度自分で選んで生まれてくるようです。私は豊かではないがスーパー明るい家庭に生を受けました。どうやらそれを選んだようです。

僕が生まれる二年ほど前から両親は事業を始め、「前へ進む背」を見ながら僕は育ちました。

「僕達はこの星に何をしにやってきたの?」......これは僕の人生のテーマでもあります。


小学校まで家から歩いて30分......
保育所から小学校六年生までひとクラス。
40ほどの価値観が僕の世界。
夏は蝉の声を聞きながら、冬は北風の厳しさと対話しながら歩いた。
海風が匂う浜道を駆け下りると夕陽の大きさに絶句した。

何となく噛み合わない個性。
自分の存在を小さく感じていた。
自分を否定することで自分の存在のサイズを測定していたあの頃......

「ほら、この匂いが茸の匂いだ!」と道端で狩人の目をする父。
「ウナギの取り方をおまえは知らないだろう、教えてやる!」
「自分に負けたらあかん!
恥ずかしいことは何か解ってない人が多い.....」と父は言った。

小学校の頃の僕は「絵を描くこと」にも「文字で表現すること」にも興味はなかった。
誰よりも速く100mを走ることと、誰よりも野球がうまいことが僕の自慢だった。

「あけびを取りに行こう!」
「すっごく面白い海を見つけたよ!木が流れて来てるんだ」
「海の上を石が三回弾んだ人から帰っていいことにしようよ!」

空想の世界と現実の世界の共存。
知識を拡げて空想の世界を更に拡げる。
一瞬、矛盾したところに答えがあったりする。

東京は全てが新宿みたいだと思っていた..........
存在しない近未来都市を心に描きだしては、存在しえない価値観を産み出す。


中学校時代の僕。
今、思い出すと青臭い。
ロッキーのテーマ曲を聴くと中学時代の掃除の時間を思い出す。
あの曲が掃除の時間に必ず流れた。
刷込み効果になっている。
聴けば必ずなんとも言えない「ある気持ち」が心の中に浮かび上がる。
心がちっちゃくなる。
自信がなかったんだろうなぁ。

一年生のときは陸上部だった。
日々現れる不安やストレスを発散させるためひたすら走っていた。
授業についていくのにアップアップだった。
二年生のときには野球部に転部。
二年生でただ一人、レギュラーの座を獲得。
足の速さが売りだった。
塁に出れば必ず走る。
誰もが知っていてよくアウトになった。

三年生のときには、また陸上部に転部。
110Hで県で入賞し全国大会にも出場した。
小浜先生との出会いが才能の開花につながった。
ストップウォッチを少しごまかして彼女は必ず人を誉めた。
知っていたけど嬉しかった。

先生の勧めで生徒会長もやってみた。
「ガラじゃない」「照れくさい」.....
でも少し嬉しかった。

ヘルメットをかぶって自転車通学。

ギターに夢中だった丸坊主の僕。

大学時代に出した記録が歴代男子4位(400mH)として僕の名前が載ってます。



※ 写真は高校時代の修学旅行にて・・・

高校へ進んだ。
家から車で1時間以上離れた街へ・・・
15歳の一人暮らしが始まった。
誰も僕の昔の姿を知らない学友達・・・
話す言葉も違う・・・
自転車で行ける距離にデパートがある・・・
何だか文化的な会話・・・
田舎から出てきた僕にとって、毎日が刺激的だった。

陸上競技部に入部した。
強くなる必要はないって思っていたけれど
中学時代の仲間が活躍しているのを見て気持ちが止められなくなった。
2年生のときに三重県の6位になった。
種目は400mハードルだ。
苦しい練習を積み重ねた。
それが喜びだった。
3年生のときには三重県で優勝し、全国大会へ駒を進めた。
その年、全国ランキングの10位になった。
インターハイ、国体・・・今でも心の勲章だ。

激しい練習を終えて一人暮らしの部屋に戻る・・・
ご飯を食べて、お風呂に入って、ギターを弾いて・・・
少し眠る・・・
夜中に目覚ましが鳴り響き・・・
勉強を始める・・・
案外、楽しんで勉強をしていた・・・
京都に授業をさぼって一人でよく出かけた・・・
三十三間堂が好きだった・・・
鴨川を10代の僕はどんな気持ちで眺めていたのか、もう覚えてないなぁ・・・

片岡義男さんの本と京都の駅で出会った・・・
彼の描くライフスタイルと生き心地に影響された・・・
いつも鞄に入れて持ち歩いては空想の世界を漂った・・・

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